HSPは生きづらいが信用社会では優秀だと思う件

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最近何かとメディアで取り上げられることの多いHSP。繊細さんの本という書籍も大ヒットしており、潜在的なHSPが多いことも窺えます。

かくいう私もHSPの気が強く、人の前では常に笑顔は絶やせませんし、誰かに嫌われることが怖いので基本的にはヘラヘラ人に合わせて頼みごとも断れない方です。

笑顔を絶やさないこと自体は良いことなのですが、これは自分が相手に不快な思いをさせないように、嫌われないように自分を守るための笑顔なので「生きづらい」と感じてしまうんですよね。

しかし動機はどうあれ笑顔は好印象ですし、丁寧な人は信用されやすく信頼もされやすいです。

そこで今回は「HSPと信用/信頼の関係」について考察していきたいと思います。

信用/信頼が資産になる時代


今は他者からの信用が資産になる時代になりました。

例えば、メルカリやヤフオクなどのショッピングサイト。これらは出品者を評価するシステムになっていますよね。

少し価格が安くても、トラブルを避けるために低評価の人からは購入しないように、私たちはこの資本主義社会で支払いをする際には相手の数値化された信用や信頼を参考にします。

人を不快にさせることに対して、抵抗のない人間はどのようなプラットフォームであっても低く評価されてしまう一方、私たちHSPは他者の反応や顔色を過剰に伺ってしまう性質があることもあって、人を不快にさせる行動に敏感であり、それらを避けようとします。

その結果として他者からの評価、つまり可視化された信頼を築きやすいというメリットがあります。

この感情に生きにくさを感じてしまうものの、資本主義社会で信頼を気づくことにおいては「才能」であるとも言えます。

メルカリのようなサイトを利用する以外にもTwitterなど誰でも気軽に情報発信ができるようになった現代では「公の場で毒づく/誹謗中傷をする」といった行動を私たちHSPは基本的には取らないため、人柄も評価されやすく炎上もしにくいです。

そして、少し話が逸れて陰謀論的な話をしますが、私たちがインターネットで発言している内容は全て本人と紐づけられていると言われています。

インターネット上で暴力的な表現や他者を攻撃する内容の書き込みをしている人間は裏方で記録され、信用スコアのようなものを割り振られていると。

この手の話に関しては、根拠がないのでどこまで信じれば良いのかわからないところですが、万が一そのような評価が裏方でなされているのであれば、元々人に対して暴力的な表現を用いない我々は相対的にデータ上の信頼度を上げることになりそうです。

カリスマ性はないが人望が築ける


これに関しては私の偏見100%の内容でお送りする情報ではあるんですけれど、私たちHSPはカリスマ性こそ身につきませんが、人望は築きやすいです。

なぜなら、人は優しくされたことをずっと覚えていますし、それに対して返報性性の原理が働くからです。

やはり、私たちHSPは対人関係に恐怖し、自己防衛のために愛想を振りまきます。その結果「なんでも言ってもいい奴」と思われるか「愛想がよく優しく楽しくしてくれる人」と思われるかの2パターンになります。

この分かれ道ですが、自身の上司に当たる人間には「なんでも言っていいやつ」と認識されることが多く、後輩に当たる人間には「優しく愛想の良い先輩」と思われることが多いように思います。

人は話し方が9割」の書籍にも書かれていましたが、人は誰に対しても態度を変えない人に好感を抱きます。確かに上司にはヘコヘコして部下にオラつく人に魅力を感じたりしないですよね。

社会において、後輩の立ち位置にいる人間は働くことが辛いものと認識していますし、自身に労働の裁量権がないので理不尽なことにも対応しなければなりません。

そこで、優しく笑顔を作ってくれる先輩の存在があればどうでしょうか。労働環境が多少きつくても前向きになれるのではないでしょうか?

私たちHSPは繊細すぎることから相手の気持ちを分析する能力が高いので、相手にそのような気持ちが救われる状況を提供することができます。

相手のことはどうでも良いと思う気持ちは悪くない


先程までの記事を読んで「え!?そんなことはない!自分が嫌われるのが嫌だから愛想をふってるだけで相手のことなんてどうでも良い!」と思われるかたもいるかと思いますが、その気持ちわかります。私もそうです。

しかし、その気持ちがあるから他者を不幸にさせるわけではありません。

ここで少し私の昔話をさせてください。

私は訪問看護師として3年間働いていた実績があります。その当時はHSP真っ只中だったので、人の家に訪問して1時間も会話するということが苦痛で仕方ありませんでした。

その気持ちとしては「会話の中で何か変なことを口走って嫌われてしまえば、次から訪問しにくくなるし、契約が切られてしまうかもしれない。そうなれば上司にも怒られるし絶対に失敗できない。」と思っていたからです。

そのため、訪問前には事前に話すことの準備をして、できる限り最強の笑顔と愛想を振りまくことを常に意識し実践していました。この時点で相手のことではなく自分のことしか考えてなかったんですよね。

3年後。
そんな労働にも疲れて退職することになった私。

実際に訪問していた利用者に退職する旨を伝えると「こんなに良い看護師とは初めて出会った。これからも訪問に来て欲しかった。」と涙を流される方も少なくありませんでした。

当時の私はこれにかなりの衝撃を受けまして、私の気持ちとしては正直あなたたちが怖かった。これにつきました。

いつ不快な思いをさせて嫌われてしまい、契約が切られてしまわないか、訪問を拒否されてしまわないか常に肝を冷やしていました。

しかし、私の思いとは裏腹に私のコミュニケーションが何人もの人を幸せにしていたのです。コミュニケーションの目的は「私自身が嫌われないこと」であったにも関わらずです。

少し話がずれそうなので、本題に戻しますが、動機はどうであれHSP特有の「人に嫌われないために過剰にでも丁寧になる」という関わり方は相手に幸福感を与える効果があります。

わざわざ過剰にまで丁寧にする必要はありませんが「育ちが良い人だけが知っていること」という書籍にも記載されているように、人は丁寧に扱われると嬉しいものです。

まとめ


最後は少し話がずれてしまいましたが、今回の記事では「HSPの関わり方が信頼関係を作る上で武器になる」ということを解説しました。

HSPは正直生きづらいです。

生きづらいですが、考え方を少し変えるだけでその生きづらい特性を自分の才能や能力として捉えることも可能になります。

私も繊細すぎるのは元々の気質なので、完璧にHSPを克服できていませんが、上手に付き合えるようにはなりました。

一度自分の能力なんだと強引にでも思い込み、荒治療ですが実際に人と接する時間を設けて訓練してみてください。

コミュニケーションは怖いですけど、少しずつなれていくかと思います。

それでは、今回の記事はここまで。

またね。