意識高い系という開花すれば綺麗に咲く花

心理

今回取り上げる内容は意識高い系。
一度は耳にしたことがあるフレーズではないだろうか。

私も言葉自体は知っていたものの意味を知らなかったので、世間ではどのように定義づけられることが多いのか調べてみた。(参考:1/2/3/4)

ー意識高い系とはー
・他者からのみられ方を行動原理にする(承認欲求が強い)
・薄い人脈を自慢する
・留学経験やボランティア経験を自慢する
・読書週間を自慢し、他者に読書を勧める
・娯楽を異様に嫌い、娯楽に勤しむ人に対して将来への危機感を煽る
・実際の行動と言動が一致しない
・知識人の見解を自身の見解のように語り、本質を理解していない
・カタカナ語の連発(例:コンセンサス/イノベイティブなど)

世間から捉えられている反応を挙げればキリがないので、このぐらいしておきますが、基本的に「他者に自分の行動を自慢してすごい奴と思って欲しい人」という捉え方で大方間違いはないと思う。

この「他者にすごいと思って欲しい」と思い行動する彼らの言動を不快に思う人が多く、Googleのロングテールキーワードも中傷的な内容が多かったりする。

世間的には嫌われている傾向の意識高い系だが、私はこれらの人を悪く言いたいわけではなく、むしろ才能に溢れていると思っている。

そして、才能に溢れていると言った後なのでこれを言うのはかなり恥ずかしいのですが、私も意識高い系止まりの人間でございます。

意識が高いことはいけないことなのか?

意識高い系の概要について少し話してきたが、果たして「意識が高い」ということはいけないことなのだろうか?

私個人の主観では、意識が高いこと自体はいいことだが、それを周囲に認めさせようと行動したり、実際に行動が伴わないことが問題だと思っている。

世間的にも良い評価が浸透していない理由はおそらくこの辺りが原因になっているのではないだろうか。

自分の自由や夢のために行動するのではなく、世間に認められるために行動していれば、自分の幸せを他者に委ねてしまう結果になり、自分自身幸せから遠ざかってしまう結果になりかねない。

これらの行動を自らで律することでができ、実際に行動に移すことができれば、自身の思い描く夢を実現する力に変えることができるので、意識が高いこと自体は優秀な才能だと思って差し違えはないと思う。

私も律することができるよう、努力しないとな . . .。

意識高い系から意識高い人に進化する

意識高く、世の中の変化を認識することができたのであれば、その思い、やりたいことを行動に移すことができれば最強ではないか。

では具体的にどのようにすれば意識高い系から意識高い人に進化することができるのか、いくつかのウェブサイトを徘徊して示されていることを集約すると、大きくは以下の4つを実践すると良いとのこと。(参考:1/2/3)

意識高い系→意識高いへの進化条件
1. 自分の夢に向けて具体的な行動目標を立てる
2. インプットした知識を行動に移す
3. 自身の能力不足を補う人材と繋がる
4. 他者に考えを押し付けない

大きくはこの4つではないだろうか。
3の難易度は高いが、その他は今日からでもできる事ばかりなので、自身が意識高い系止まりであることを自覚できた人は一度実行してみると幸せに近づくと思う。

私も今日から実践して、意識高い人間へジョグレス進化しようと思う所存です。

意識高い系まとめ

今回は意識高い系について私が考えたこと、学んだことを紹介しました。
内容をまとめると以下の通りです。

・意識高い系は他者に認められたいあまり行動を自慢する人種
・意識高い人と意識高い系は違う
・意識高いことは良いこと、それをひけらかす事は他者の批判を買う
・具体的な行動目標を立て、行動し、自身の能力を補う人材と巡り合おう

中国の偉人孫子も「兵は詭道なり、故に能にして之に不能を示し、用にして之に不用を示す」という言葉を残しており、脳ある鷹を爪を隠すというようなことを言っています。

つまり、本当に賢い人は他者に自身の実績をひけらかすような事はしません。なぜなら出る杭は打たれるということを理解しているからです。

自慢して、人間の嫉妬心を刺激することにはリスクがあり、その見返りは自身の優越感だったりします。

こういった人間の本質に対しても理解しながら、我ら意識高い系はこれからの立ち回りについて考えていく必要がありますね。

まずは1日のルーティンを考え直してみようかな。