【因果応報は嘘?】自分が誰かに「された」ことはいずれ誰かに「してしまう」?

因果応報についてもう少し深い考察

タイトルの文章が少し分かり辛いかもしれないんですけど、

最近ちょっと気づいたことがあるので因果応報についてもう少し個人的に深い考察をしてみます。

以前書いた因果応報の実話

これは単純に私が誰かにしたことが、

そっくりそのまま同じことが私に(タイムラグがありますが)返ってきたというもの。

ただこれ別の見方をすれば、

誰かに「された」ことをいずれ誰かに「する」ことになってしまうのかもなぁと。

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誰かに「~される」ことを含めて「自分が行動している」と見なすと…

因果応報は通常悪いイメージがあるので、

「悪いことをすると悪いことが返ってくる」を例に挙げてみます。

例えば、Aさんが誰かを殴ったとする。

これを因果応報的に考えたら、Aさんはいずれ誰かに殴り返されることになると思います。

ただもし、Aさんが誰かに殴られた場合どうなるのか?という話。

因果応報は自分がしたことが自分に返って来るっていうルールに沿ってますが、

Aさんが「誰かに殴られるという受け身的な行動をとるという見方をすると

いずれAさんは誰かを殴ってしまうんじゃないかということ。

外国人に道を聞かれたら、自分が外国人に道を聞いてしまった話

この間あった出来事なんですが、

私はなぜか外でよく人に話しかけられることが多いんですが(道を聞かれたりetc)

たまに日本人じゃなくて外国人の方に英語で聞かれたりします。

2週間くらい前にも駅で中国人のお兄さん?に英語で切符の買い方聞かれたりしたんですが、

昔から不思議と聞かれる。(笑)

で、ついこの間の出来事。

自分がとある書店を探していた時、

人に聞こうと思って偶然目に入った家族らしきグループ(多分両親と息子の3人家族)

のお母さんの方に話しかけたら、「日本語喋れません」と英語で断られました^^;

見た目は全然普通に日本人風だったんで外国人とは思わなかった。

これも見方によったら、ある意味因果応報だよなぁと。。。

何が言いたいかというと、

無意識に自分が外国人に話しかけられたら

自分も外国人に話しかけるという行動を取ってしまったというもの。

誰かに何かをされたら、誰かに同じことをしてしまう?

なので、見方によっては見出し文の通りになってしまうんじゃないかなぁ。

誰かに親切にしたり誰かを傷つけたりって、

結構日常的にみんなやってることなんで別に大したことじゃないですが、

もっと具体的な行動を誰かにされて、同じようなことを誰かにするとかだったら

「因果応報ってなんだ?」って話になってくるなぁと。。。

こう考えるとやっぱり人の意識って繋がっててもおかしくないのかもしれません。

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